TumblrやTwitterが出てきてから、ブログを書くのが億劫になってしまった。
Reblogによる容易な投稿行為自身がブックマークとしての機能を果たし、自身の興味のある人をfollowすることで作られたタイムラインは刺激的な情報源となる。自身のタイムラインを通じて知るTumblr愛好者の活動は、インターネットにおけるミームの存在証明にも感じられて、インターネットがまた好きになる理由にもなった。
ただ、そこに長く浸かっていると、考えることをしなくなってしまった自分に気づくのも事実。情報を浴びるように目にし、心に引っかかったものをクリップ。宛てのない消費活動に似た楽しさがあるために、情報を咀嚼する時間を惜しんで貯めこんでしまう。ある程度までならば考える時間も取れるが、閾値を越えてしまうと、単なる複製マシンとなってしまう。
ふと考えた。これって自分がダメになってるんじゃないかと。知ってること知ったつもりになっているだけで、
インターネットという巨大な世界の一部分であることは喜ばしいことだけど、この世界に貢献できるだけの役目を果たせないのは自分が望む姿ではない。誰もに与えられた時間を、複製だけで終わらせてはいけない。くだらなくても、浅はかでも、感じたことは吐き出しておかないと。
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